【インタビュー】NPO法人グレースケア機構 様
NP0法人グレースケア機構は、自費を中心に、介護保険や障がい者総合支援法も組み合せ、0歳の赤ちゃんから105歳の高齢者まで、さまざまな障がい者や病気をもつ人・ご家族に関わりながら、年齢や障がい、病気をハンディにしない愉しい生活をサポートしている介護事業所です。職員数は、社員が20名、非常勤職員が140名。モットーは、“できない理由よりも、できる工夫をいっしょに探そう!”です。
今回は、代表理事の柳本さん、広報・衛生管理担当の中川さん、登録ヘルパー兼研修委員の前川さんから、昨年より精力的に進めているIT活用についてお話をお聞きしました。
目次
① お勧めのITツール1 「Google Workspace(旧G suite) NPO法人・社会福祉法人向け無償プログラム」
NPO法人グレースケア機構様では、直近精力的にIT化を進めているとお聞きしていますが、その中で特にお勧めの無料もしくは低価格のITツールを教えて頂けますか?
Googleが提供している「Google Workspace(旧G Suite)」です。当法人ではNPO法人・社会福祉法人向け支援プランに申し込んで、本来有料の機能を無料で利用しています。登録ヘルパーを含めた法人内の職員160名全員で利用しています。
無料で使えるのはとても良いですね!
グレースケア様ではGoogle Workspaceを具体的どのように利用されていますか?
様々な使い方をしています。
まず、社員やコーディネーター、事務所の職員間でグループウェアとして活用しています。利用者さんの出入りや、急な入退院や事故、あるいはヘルパーさんの病欠などの情報を、日誌としてGoogleスプレッドシート(マイクロソフトでいうエクセル)に内に記録して、情報共有しています。
Googleスプレッドシート(無料)で制作した日誌情報
次に、同じくGoogleスプレッドシートを使って、自分たちの予定を関係者全員で共有しています。当団体は、多くの訪問介護事業所と同様に1か月単位の変形労働時間制をとっており、一人ひとりの勤務時間が細かく複雑です。その為、全員のスケジュールをお互いが把握し易いように、表を作ってオンライン上で共有しています。
Googleスプレッドシート(無料)で制作した予定共有表
Google Workspaceのアプリの1つである「Googleサイト」を使って、「スタッフ専用サイト」を作りました。
これまではスタッフ内の情報共有のインフラが無かった為、ヘルパーさんに必要な情報は、いつもメールのやりとりで対応しており、ヘルパーさんと事務職員双方にとって非効率な状態が発生していました。
スタッフ専用サイトが出来た事で、ヘルパーさんは、必要な情報が必要なタイミングで取れるようになり、事務所の職員は問合せ対応業務が軽減しました。スタッフ専用サイトを立ち上げるにあたり、ヘルパーさんに個人別の仕事用メールアドレスを配布し、メールアドレスをスタッフサイトのIDとして活用して頂いています。
「スタッフ専用サイト」には、具体的にどのような情報が掲載されているのですか?
スタッフ専用サイトには、「お知らせ情報」「お仕事情報」「報告書のテンプレート」「研修案内」「ヒヤリハット一覧」「教育用の動画」などの情報を載せています。
情報がとても充実していますね。
「お知らせ情報」には、職員ミーティングの予定や今後の研修の予定など全職員に周知する連絡事項を掲載しています。
「お仕事情報」には、ヘルパーさんが新しいお仕事をしたいと思った時に、サイト上の「新しいお仕事」というアイコンをタップすると、Googleスプレッドシートのお仕事リストに飛んで、いま募集があるお仕事の中から自身がやりたいものを探す事ができるようになっています。
Googleサイト(無料)で制作したスタッフサイト
「研修情報」には、法人内・法人外の今後の研修情報を載せています。これまでは、法人内の研修があると、メールで案内して、出席する場合はメールで返信をもらっていたのですが、ヘルパーさんの人数が増えていくにつれてオペレーションが大変になってきました。しかし、現在は、ヘルパーさんがスタッフ専用サイト上から研修に直接申し込めるようになりました。
研修に直接申し込めるのですね。
スタッフ専用サイト上に掲載してある各種研修の「研修の申し込み」のアイコンを押すと、「Googleフォーム」で制作した研修申し込みフォームが立ち上がり、そこに応募して頂いています。
Googleフォームを使うと、申し込み受付が楽になるだけでなく、応募状況をリアルタイムで確認できますし、応募者をリスト形式でGoogleスプレッドシートに出力する事もできるので、参加者管理などもとても楽になります。また、研修資料をタップすると、Googleドライブ内に保管している研修資料が開き、閲覧できるようにもしてあります。
Googleフォーム(無料)で制作した研修申し込みページ
他には、Googleチャットも利用しています。職員間でメッセージのやりとりをするのが、とても手軽で簡単になりました。
Google Workspaceの機能は、使いまくっています。とにかくタダなので(笑)
Googleチャット(無料)を使ったコミュニケーション
スタッフ専用サイトは、機能がとても充実していますね。
こちらも全て無料で構築できたのですか?
Googleサイト自体は、全て無料で利用する事ができますが、スタッフ専用サイトを構築するにあたっては、システムエンジニアの方に有償で支援して頂きました。機器類の設定など導入時の費用は「事業継続緊急対策(テレワーク)助成金」で一部賄う事ができました。
Google Workspaceを導入して実感している効果を教えてください。
職員が、場所を気にせず情報を参照できるようになった事は、とても大きいと感じます。当法人では、1人の職員が、自費・保険・障がいなど多岐に渡るサービスを提供しており、個人の予定がとても細かく複雑に組まれています。そのような中、ヘルパーさんが急に行けなくなったり、利用者さんがお休みになるなどの情報は、コーディネーターさんがすぐにキャッチしたいのですが、Google Workspaceを使う事で、情報にどこからでも直ぐにアクセスできるようになりました。家でテレワーク中でもアクセスできる。訪問の途中にスマホからでもアクセスできる。そういう意味でとても役に立っています。
また、GoogleスプレッドシートやGoogleドキュメント(マイクロソフトでいうWord)は、複数の人が同時にアクセスできる点も便利です。議事録を残す際、みんなで同時に見て、同時に書いたりできて、常に最新の情報が共有される点も大きいと感じます。
② お勧めのITツール2 「ZOOM」
Google Workspace以外で、お勧めの無料もしくは低価格のITツールを教えて頂けますか?
ZOOMがお勧めです。
当法人では、職員全体のミーティングや委員会、研修などでZOOMを活用しています。コロナをきっかけに使う事になったのですが、ヘルパーさんが使わないといけないという状況に立たされて、しぶしぶ使ってみたら「以外と使えるわ、私」となりました(笑)
コロナ禍ではない時に導入しようとなったら、たぶん「そんなの必要ない」という声が出て、絶対に無理でした。環境の変化を活かせたのが大きかったと思います。
自分が委員をやっている研修委員会は、毎回5-6人が、ZOOMを使ってオンラインで委員会に参加しています。
研修自体もZOOMで参加している人が多数います。かなり便利です。
ZOOMを使った職員会議
ヘルパーさんは、ZOOMで会議や研修に参加する際、何のデバイスで参加されていますか?
スマホで参加している人が最も多いです。
いま介護業界においても、私物スマホの業務での利用(BYOD)が増えていますが、通信費の負担はどのようなポリシーで運用していますか?
当団体では、2019年から介護記録アプリのケアウイングを利用していますが、ケアウイングの場合はICタグを読み取る一瞬しかインターネット通信が発生しません。そのため、ケアウイングのみを導入していた時は、ヘルパー個人の通信料については、特に手当てを出していませんでした。
しかし、今年に入ってからスタッフ専用サイトが出来上がった事や、ZOOMで会議や研修に参加する人が増えた事から、個人の通信費負担について改めて考える必要が出てきました。色々議論した結果、私物スマホを業務で利用している人には「月300円」を手当てし、プラスその人が1時間以上の研修に参加した場合は、更に「100円/回」の手当てを支払う事にしました。
通信費の手当てについては、法人によって色々な見解があると思いますが、法人で貸与しているスマホのコストとの比較や、オンラインのデータ量を考慮して決めました。
ZOOMを法人全体で活用するようなって、実感している効果を教えて頂けますか?。
研修や会議に柔軟に参加できるようになった事で、これまでより会議や研修に参加する人数が増えました。
会議や委員会に、ZOOMでも参加できるようになり、「自宅から参加するほうが楽」という人は自宅から、「事務所から参加したい」という人は事務所から参加できるようになりました。また普段三鷹の事務所で会議に参加している人でも、「今日は天気が悪いのでオンライン」「訪問のルートのつながりで別の拠点から」などのように状況に応じて参加方法を選択できるようになりました。働き易さの観点から個人の選択肢が増えた事は、すごく良くなったと思います。
私は、以前は行くのが面倒で全体のミーティングには参加していませんでした。今はZOOMでも会議に参加できるので、参加しています。大変助かっています。
③ お勧めのITツール3「ケアウイング」
他にもおすすめのITツールがあれば教えて下さい。
ケアウイングがお勧めです。
有料のICTですが、導入にあたってはスマホ50台を購入したほか、2年分の利用料やICタグは東京都の「ICT機器活用による介護事業所の負担軽減支援事業」を使って、お金をかけずに利用し始めました。 ケアウイングを使う前は、ヘルパーさんが訪問した際、複写式の紙に実施した事を書いて、印鑑を貰っていました。ケアウイングを導入した事で、入った時にICタグにタッチ、終わった時にICタグにタッチとなり、ヘルパーさんの業務が簡素化されました。また、効率化されただけでなく、情報を瞬時にケアウイング内で共有することができ、ケアの内容自体の改善につなげていける点がよいです。
ヘルパーの立場からすると、ケアウイングはめちゃめちゃ楽です。手書きはやはり面倒くさい。手書きの場合、印鑑もらわないといけないし、複写したものを事務所に届けないといけない。また、それをコーディネーターは、PCに入力しないといけません。
しかし、ケアウイングが導入されてから、それらの手間のかかる作業が無くなりました。また自分のような週1-2回しか入らない登録ヘルパーの場合、前の訪問時にどのような事があったのかの記録を直前に確認できるのも大変助かっています。操作が簡単なので、周りの年配のヘルパーも活用できています。
④ 高齢の職員が多い職場でIT活用を進めるポイント
グレースケア様は、60-70代のヘルパーさんが47名いらっしゃるとお聞きしていますが、ITの苦手な職員にITツールを活用してもらうために、どのようなフォローや教育をしているか教えて下さい。
ITツールの導入を成功させるためには、クリアし易い目標からステップアップしていくことが大切です。
ケアウイングの場合は、まずは「訪問したら2回タッチする」というところから始めました。「とりあえず時間を問わないから2回タッチしましょう」と。それが全員できるようになってから「次は正確な時間にタッチしていきましょう」その次は「記録もしっかり書いていきましょう」と次の目標にステップアップしていきました。Google Workspaceの場合も「とりあえずメールアドレスを登録して」から初めていきました。
いきなり高い目標を目指してしまうと、躓き易くなりITツールの導入に失敗してしまうリスクが高くなってしまうので、クリアし易い適切な難易度の目標を設定して、一歩ずつステップアップしていく事が重要だと思います。
ITツール導入後のフォローアップも大切です。
当法人の場合は、スマホが苦手な人には、拠点に来て貰い、3対1とか、4対1とかの小規模な説明会を開催してフォローしました。その際、実際にスマホを見せ合いながら、一緒に操作して貰いました。iPhoneとアンドロイドで表示方法が違ったりするので、その辺は実際に手を動かして実際にボタンを押しながら覚えて貰いました。また、教える社員側にもITの苦手な人もいたので、教える人が教えやすいように「説明者用のマニュアル」も制作しました。
そのようなフォローや教育を行った結果、最初「面倒くさいし、何かよく分かんないから絶対にやりたくない。」と言っていた一部の職員も、次第に使えるようになっていきました。
⑤ これからIT化を進める介護事業所へのメッセージ
最後に、これからIT化を進めようとしている介護事業所の皆さんに一言メッセージをお願いします。
ITを使った効率化・ペーパーレス化は、それ自体が目的ではありません。
IT化の目的は、ケアの質を上げるためや、事務負担が減らして利用者さんに向き合えるようにするため、または学ぶ機会を増やすために行うものです。本来の目的は、絶対に外さずに進める事が大切です。
進める側が職員に対して「こっちのほうが簡単だから」とかいうスタンスで持っていくと、ヘルパーさんの反発に繋がり易いと感じます。「IT化をやる目的は、利用者さんのためです」という前提を常に意識して、職員に伝えていく事が成功のポイントです。
今後10年から20年先の世界を想像した時に、当法人が今行っているような取り組みは、あたり前になっていると思いますし、当たり前になっていないと日本介護はやばいと思っています。いまの私たちは過渡期で一番苦労しているのだと思いますが、同時にそういう転換期を支えられている事に対してやりがいを持って取り組んでいます。IT化は挑戦する価値の高い事だと思います。
柳本 文貴
プロフィール
大阪大学在学中から障害者の自立生活運動に関わり、人材ベンチャー、老人保健施設、認知症グループホームなどを経て、2008年NPO法人グレースケア機構を立ち上げる。「できない理由より、するための工夫を探す!」をモットーに、自費を中心とした幅広いケアサービスを提供。ヘルパーの指名制やケア付きシェアハウスなども展開中。介護福祉士、社会福祉士、ケアマネジャー。著書『認知症「ゆる介護」のすすめ』『上野千鶴子さんとの対談「ケアのカリスマたち」』
中川 愛
プロフィール
2015年4月から常勤ヘルパーとしてグレースケアに入社。赤ちゃんからお年寄りまで、幅広いお宅に訪問してヘルパーの経験を積む。併せて、広報や衛生管理、研修等の業務も行う。介護福祉士、社会福祉士、衛生管理者